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「スポーツの力」で具体的に世界が良くなった話

はじめに

こんにちは、@kuri8iveです。

スポーツは世の中数多あるコンテンツの中でも、選手もファンも最も多いものの一つであると言えるでしょう。たくさんの選手が技を磨き競い、それ以上のファンが彼らのプレーに一喜一憂し楽しんでいるのは今さら言及するまでもありません。特に、カタールW杯での日本代表の激闘はまだまだ記憶に新しいですね。選手・スタッフの4年間を思うと、史上初ベスト8という形で報われてほしかったと思わずにはいられません。

さて、「スポーツの力」という言葉があります。コロナ禍での開催となった東京オリンピック開催の可否を巡って(特に開催推進側から)いくつか発言があり*1*2、耳にされた方もいらっしゃるのではないでしょうか。ここではその定義や是非等は議論しませんが、果たして「スポーツの力」らしきなにかが具体的に世界に良い影響をもたらした例はないのだろうか?というのが気になり調べてみたところ、いくつか興味深い論文を見つけたので紹介します。

(※画像はいずれも紹介する論文内のものになります。)

この投稿はスポーツアナリティクス Advent Calendar 2022 17日目の記事になります。 adventar.org

⑴ DFのみならず偏見すら圧倒したサラー

まず、サッカーでの大活躍によって人々の偏見を緩和した例を Can Exposure to Celebrities Reduce Prejudice? The Effect of Mohamed Salah on Islamophobic Behaviors and Attitudes [Alrababa'h et al. 2021] という論文から紹介します。

イスラムのアイコンとしてのサラー

本論文の主人公はモハメド・サラー選手です。加入直後の年に年間最優秀賞、その年と翌年の2年連続で得点王を獲得しチャンピオンズリーグ優勝に貢献するなど、所属するリヴァプールにとっては既にレジェンドといっていいほどの大活躍を見せてきました。

プレー以外の特徴として、まず名前が示す通りイスラム圏の人物であることが挙げられます。また、時折ゴール後に祈るセレブレーションを行う重要な試合の前であっても断食を行うなど、ファンにもよく知られているほど敬虔なイスラム教徒でもあります。

リヴァプールが所属するイングランド・プレミアリーグはプレーのレベルだけでなく差別という観点からも本場である*3*4*5ことで有名ですが、サラーの大活躍が差別をどうしても止められない人々のイスラム圏への差別を軽減するか?といった点に著者は興味が出たようです。

社会的接触仮説とサラー

社会的接触仮説は、「社会的境界を越えた個人的な接触が、肯定的で、共同体の権威によって承認され、平等主義的で、共通の目標を達成するために協力するものであれば、偏見を減らすことができる」と仮定しています*6。つまり、ものすごく雑に言えば、ある対象とポジティブな接触が積み重なることでその対象が持つ属性への偏見が減る、というもの。この接触は対面に限られたものではなく、「個人的には面識のない著名人との一方的な想像上の関係」と定義されるパラソーシャル関係*7も含んでいるようです。

パラソーシャル関係が成立するためには、好感度が高く、明らかに外集団のメンバーだと識別できる個人に繰り返し接する必要があると言われていますが、サラーは⑴世界的に人気のあるビッグクラブでレギュラーであり週に1〜2度試合に出るほかCMなどにも出演、⑵リーグの得点王や年間最優秀賞を獲得するなどの大活躍、⑶名前やピッチ内外でファンに見せる行動から際立ったイスラムとしてのアイデンティティ、のいずれにおいても基準を満たしており、今回の研究には打ってつけでした。確かに、露出と活躍はともかく、際立ったアイデンティティーをピッチ内外で見せている選手はあまり思い当たりません。インテル時代の長友選手がゴールセレブレーションでお辞儀をしていましたが、サラーが見せているほど際立ったアイデンティティではないような気がします。

イギリスにおけるムスリム

イギリスではムスリムは差別され続けてきました。また、マスメディアもムスリムへの恐怖意識を煽る報道を続けており、2000年から2008年にかけてのムスリムに関する記事全体の36%がテロリズムに関連したものでした

そういった背景もあり、例えば就労環境において、ムスリム男性は白人の非ムスリムに比べて雇用される可能性が最大で76%低く、ムスリム女性は最大で6倍低いといった、「ムスリムは英国社会のあらゆる集団の中で最も大きな経済的不利益を経験している」と政府報告書に書かれるまでの状態となっています。2012年のイングランドとウェールズにおけるヘイトクライムの82%は人種や民族が動機といったことも踏まえると、ムスリムにとって非常に肩身の狭い社会であることが窺えます。

サラーが加入しなかった世界線のデータ作成

そんなイギリス社会ですが、サラーの加入・活躍で少しはまともになったのでしょうか?著者はサラーの加入した現実と、そうならなかった反実仮想のヘイトクライムの発生率の比較によってサラーの加入がムスリムへの偏見に与えた影響の評価を試みます。ヘイトクライムに関するデータはイングランドの全警察署に情報公開請求を提出して収集しました。また、Rパッケージgsynthに実装されている行列補完法を用いて、サラーが加入しなかった世界線におけるリヴァプールのあるマージーサイド警察のヘイトクライムデータを合成しています。

サラーの加入・活躍でヘイトクライムは減少したか?

以下の図が、現実と反実仮想の比較結果です。グレー背景の部分が反実仮想のデータを反映したものであり、実線が実際に観測されたデータとなります。グラフから分かる通り、サラーの加入によってマージーサイドのヘイトクライムは減少したと想定され、その幅は16%ほどとなっています。

また、次の図はプラセボとの差分を示した図であり、黒い線がマージーサイドを、薄い灰色の線が他の警察でのデータを示しています。治療後の期間を平均すると、マージーサイドはヘイトクライムの想定減少幅が最も大きく(図では分かりにくいですが…)、この結果はマージーサイドで観察されたヘイトクライムの減少が他の地域での変化と比較して際立っていることを示唆しています。

さらに、以下の図ではヘイトクライム以外の他の14種類の犯罪についての治療効果の推定値が示されており、マージーサイドにおけるヘイトクライムの想定減少幅は他の犯罪の減少幅よりも大きいことが分かります。つまり、たまたまサラーが加入した時期に地域の全体的な犯罪率が下がったわけではないよ、ということです。

ムスリムツイート数の変化

ヘイトクライムは頻繁に起こる出来事ではない(ほんとか?)ため、サラーの加入が日常的な形での反ムスリム行動にどう影響したかまでは分かりません。そこで、ツイートの分析に進みます。

まず、クラブのTwitterアカウントから、それらをフォローしているユーザーを集めます。このうち、(自己申告の)居住地がイングランドで各クラブアカウントをフォローした最古のユーザー群からランダムに抽出した計6万人の1500万件のツイートを取得します。その後word2vecを活用してイスラム関係と思われるツイート約44000件に絞り、3人の英語ネイティブに(トレーニングを施した後)各ツイートが反ムスリムかのラベルを付与することでデータを構築しました。最後に、ヘイトクライムの場合と同様にして、行列補完法によりサラーが加入しなかった世界線における反ムスリムツイートの数を推定します。

ヘイトクライムの場合と同じく、リヴァプールファンの間での反ムスリムツイートは減少したと想定され、その幅は47.8%にもなります。また、この効果は1ヶ月後より後では全て負であり、プラセボにおいては効果が正負を変動していたことから、反ムスリムツイートの減少は偶然ではないことが示唆されています。

⑴ まとめ

以上の結果を踏まえ、サラーの加入はクラブのある地域のヘイトクライム・反ムスリムツイートを減少させた、と著者は結論づけています。また、この分析の他に、バックラッシュ効果、つまりライバルクラブでの反ムスリムツイートの増加は発生していなかったこと、1年前に加入しこちらも大活躍したセネガル人のサディオ・マネ選手のケースではヘイトクライムは減っていないが反ムスリムツイートは減ったこと、などを明らかにしています。記事が長くなりすぎるためその辺りは省きますが、ご興味のある方は論文を読んでみてください。

余談ですが2019年にリヴァプールを訪れた際、「あーこれがヘイトクライムってやつかぁ」という経験を個人的にしました。もし南野選手の活躍でカラバオカップFAカップの2冠を達成した今年だったら起きなかったのかもしれませんね。そんなの関係なくやめてほしいですが。

⑵ 多国籍チームの活躍で進む移民融和

ポジティブな経験をもたらしてくれる対象の属性に親しみを覚え、その属性へのヘイトを減らせるのだとしたら、多様性のあるチームの活躍はより多様性が認められる社会に繋がるでしょうか?そういった観点から取り組まれた The glories of immigration: How soccer wins shape opinion on immigration [Lago and Lago-Peñas 2020] という研究を次に紹介します。

多国籍チームが当たり前のサッカー界

1990年のボスマン判決で移籍の自由度が格段に上がって以来、主要なサッカーリーグにおける外国人選手の比率は高まり続け、どのチームにもいるほど当たり前の存在になりました。スペインでは、リーグにおける外国人選手の割合はなんと38.6%にも達しています(2018年10月1日時点)

しかし、選手の多様性が高まれば社会の受容度も高まるでしょうか?「ナショナリズムが高まり国境が強化された時代に、フランスの2018年W杯の成功は移民の価値についてより楽観的な物語を作ることを可能にした」という記事も出ましたが、それは実際に起きていることでしょうか?あるいはマスメディアの妄想でしょうか?移民に対してより肯定的な態度が醸成されている世界を期待しつつ、著者は調査に入ります。

スペインにおける社会調査データ

本研究では、移民の多さ(EU3位)・外国人選手の多さ(合計出場時間の41.8%)・サッカーの人気度(クラブを身近に感じる割合67.4%)からスペインを対象としています。データは欧州社会調査(ESS)と呼ばれる、無作為に選ばれた15歳以上の人々からの回答結果より得られたものです。使用する回答項目は、⑴移民によって自国の文化的生活が豊かになっているか、⑵移民は自国の経済に良い影響を与えるか、⑶スペインはヨーロッパ以外の貧しい国々から多くの移民を受け入れるべきか、⑷多くの移民を受け入れここで暮らすことを認めるべきか、の4項目で、いずれも0〜10の11点満点です。

重要な独立変数は2つ:⑴その地域のチームがリーガで優勝したか(0 or 1)、⑵外国人選手による出場時間の割合(0〜100%)。その地域にリーガのクラブがない場合はいずれも0としています。

外国人選手の活躍は移民への態度に影響を及ぼすか?

以下の表は移民への態度に関する集計です。左から、⑴カタルーニャマドリードバレンシアの3都市(集計した年度で優勝クラブがあった地域)で、その地域のクラブがリーガで優勝した年に住んでいた人、⑵上記3地域にその地域のクラブがリーガを制覇しなかった年に住んでいた人、⑶残りの14地域に居住する人の数字を示しています。著者の予想通り、最初のグループは3番目のグループよりも移民に対して肯定的であることが見て取れます。(⑴のクラブでは、30.1%〜64.0%ほど外国人選手のプレー時間があります。)

また、人口統計学的属性などを使った線形回帰及び順序回帰によって、移民や移住に対する態度の測定方法に関わらず優勝したクラブに外国人選手が多いほど回答者は移民や移住に対してより肯定的な見解を持つことを明らかにしました。

プレー時間と移民への態度との関係

次の図は外国人選手のプレー時間と、移民への態度の関係を表しているものです。実線で示された非優勝クラブの地域においてはほぼ平坦ですが、点線で示された優勝クラブの地域においては傾きが正、つまり外国人選手のプレー時間が多いほど移民への態度が肯定的になっていることが分かります。同様の調査が移民をより受け入れるかの質問についても行われ、こちらでは優勝クラブの地域においては30%→70%でなんと2倍もの値となったようです。

⑵ まとめ

以上の分析から、著者はプロチームの成功が移民に対する態度に変容をもたらす可能性があることを示唆している、と結論づけました。結論でも述べられている通り、今後様々な後続研究が求められているかとは思いますが、納得感のある結果であるような気はします。やはり、成功をもたらしてくれる選手たちの影響は心理面でとても大きいのでしょう。それが一過性でないことを願うばかりです。

⑶ Q. 紛争を減らすにはどうしたら? A. サッカーの公式戦に勝つ

アフリカの国々はサッカー史において素晴らしい選手を多数輩出してきました。しかし、情勢が安定している国ばかりではなく、民族間の対立などによる紛争が続いている国も存在します。果たしてスポーツはそんな状況に光をもたらせるでしょうか? Building Nations through Shared Experiences: Evidence from African Football [Depetris-Chauvin et al. 2020] という論文を覗いてみましょう。

代表戦と国づくり

カタールW杯で実感された方も多いこととは思いますが、スポーツは時に国中を熱狂させるほどの盛り上がりを見せます。特に、国技ともなればその熱は凄まじく、南米やヨーロッパにおいてサッカーは多くの国民のご機嫌を握っていることでしょう。

それほどの影響力がある存在を国の指導者が見逃すはずもなく、ヒトラーからマンデラまで、政治指導者はしばしばその力を利用して国家のアイデンティティを強化しようとしてきました*8*9。一方で、スポーツで生み出される体験が国づくりにどれほど効果的であるかについてはほとんど実証的な証拠がありません。著者はサハラ以南の国家群における男子サッカー代表チームに着目し、彼らの成績が与える影響を調べることでそのギャップを埋めようと試みます。

試合、個人の態度、紛争のデータ

まず、1990年から2015年の公式戦、特に重要なW杯とアフリカネーションズカップに関する情報をFIFA統計局から入手しています。このデータには、各試合について、日付や対戦相手、最終スコアなどの情報があります。

個人レベルの反応については、アフロバロメーターというアフリカで行われている世論調査から、各試合の前後15日間のデータを利用しています。(プラセボチェックのため、親善試合の前後についても同様に収集しています。)この世論調査は現地の言語で行われており、質問は国を超えて回答を比較できるように標準化されているものです。質問は、民主主義や市場、市民社会に対する態度など、さまざまな問題への回答を収集するものとなっています。

試合結果が個人の態度に与える影響の推定

試合が個人の態度に与える影響の推定は以下の式に基づきます: ここで  i, e, c, m, d, t はそれぞれ個人、言語グループ(民族の代理)、国、試合、インタビュー日、年、を示しています。 Outcomeは、アフロバロメーターで収集した態度のうちの一つを当てはめます。 Postは、試合の翌日にインタビューを受けた場合は1をとり、そうでない場合は0をとる変数です。  X_i は学歴や性別などの人口統計学的属性、 \theta \gammaはそれぞれ国×試合、言語群×年の固定効果、 \Lambda は周期性を考慮したインタビュー日の属する曜日、月、年のダミーのベクトルで、 \epsilonは誤差項を示します。

論文の前半はこの式の線形回帰をベースに話が進行していきます。

勝利による民族→国家への意識の変化

国家的アイデンティティよりも民族的アイデンティティの方が強いというダミーを、国別・言語別×年別ダミーを制御して、試合後・勝利後にインタビューを受けたというダミーに回帰させた結果が以下の表です。 特に重要なのが4列目、5列目の結果で、民族的同一性を弱めるのは試合に勝利したという経験であり、引き分けや負けは勝利ほど明確な効果をもたらさないということを示しています。この効果は、民族的自認の平均的確率を37%減少させるほど大きいことも明らかになりました。

また、勝利前後の民族的アイデンティティの推定係数の変化を示したのが以下の図です。 この図から、代表チームの勝利後には民族的同一性の意識の弱まりが確認され、その効果は持続しむしろ試合の数日後に強くなることが示唆されました。

また、この効果は親善試合では見られないこと、伝統的なライバルに対する勝利はこの効果がかなり大きいこと、大差の勝利だと効果が薄まることも確認したようです。

試合結果が紛争に与える影響の推定

以降、予選と決勝トーナメントで構成されているアフリカネーションズカップに着目して分析が進みます。著者は以下の国々に対し、予選通過前後半年の紛争の推移を比較することで試合結果が紛争に与える影響の推定を試みます。

  • 予選の最終戦まで予選通過の可能性があり、かろうじて予選を通過した国
  • 予選の最終戦まで予選通過の可能性があったが、惜しくも通過できなかった国

先ほどの個人の態度推定と同様に、以下の式に基づいて紛争に与える影響を推定します: ここで、 c, q, tは、国、資格、資格取得までの週、資格取得後の週(-25~+25)を表しています。

なお、紛争に関するデータとしてArmed Conflict Location and Event Data Project(ACLED)を利用しています。このデータには紛争の日付と場所、深刻度に関する情報が入っており、また紛争が民族関連かそうでないかを区別することが可能です。

試合に勝てば戦いは減る?

主要な結果が以下の表です。 1列目から、決勝トーナメント進出決定後の数カ月間で紛争イベントの数が有意に減少していることが示されました。この効果は、過去4週間の紛争を統制した第2列でもほとんど変わらず、かろうじて予選を通過できた国の紛争の数はそうでない国より8.6%も減少するようです。

また、この効果は3ヵ月後には収束しつつも負の値を維持され、最大5ヵ月にわたって有意に負であり続けたことも示しています。つまり、予選通過による紛争減少は一瞬ではなくしばらくは続いているということです。

⑶ まとめ

以上の分析から、代表の公式戦勝利後には民族的アイデンティティが弱まること、アフリカネーションズカップの予選を通過した国ではそうでない国より有意に紛争が少ないことを明らかにしました。なんとなくそうなんじゃないかなぁという話をしっかり定量的に調べているのがいいですね。ここで取り上げた話題のほか、勝利は政府支持や経済状況への楽観といった他の態度には有意な影響を与えないが、他者、特に他民族への信頼を高めることなど、数多くの分析とその結果からの示唆が載っていますので、もうちょっとちゃんと把握したいという方は長めですがぜひ論文の方を読んでみてください。

おわりに

スポーツの力がなんなのかはさておき、その感情を揺さぶるほどの影響の大きさはうまく作用すれば実際に世の中を良くすることもあるようですね。影響力をどう使うかは主体に委ねられるので、愚かな人間はどうしても出てきてしまうわけですが*10、もし意図的に行使するならばそれは世の中を良くするために使ってほしいものです。ただ、影響力を使うという方面でなくても、世の中の状況を把握したり問題を発見したりするために本稿で見てきたような知見を生かせるかもしれませんね。